中国初の本格SF超大作「流転の地球」、そこに中華思想は存在しない(Netflix、ネタバレ、感想、考察)

「流転の地球」

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「流浪地球(原題)」

「The Wandering Earth(英題)」

製作:中国(2019年)

鑑賞日:2019年5月1日(水)

環境:自宅でNetflix


中国から、とんでもないスケールの本格SF映画が生まれた。


「さよなら、太陽系」


この言葉を合言葉に、人類は4.2光年先の新天地を目指す。しかも単なる宇宙船ではなく、エンジンを付けた地球まるごと。言葉だけ借りれば、まさに誰かがかつて提唱した「宇宙船地球号」を文字通り実行する一大プロジェクトだ。その名も「流転地球計画」。安っぽいVFXや美術なんて一切ない、日本円にして製作費約53億円をかけた超大作。中国では春節に当たる2019年2月5日に封切られ大ヒットを飛ばし、公開16週目で41億元(約678億円)の興行収入を記録している。


原作は、中国人作家リュウ・ジキンが2000年に発表した短編SF「さまよえる地球」。リュウ・ジキンは、2015年に「三体」でアジア人として初めてヒューゴー賞の長編小説部門を獲得している著名作家だ。そんな第一線で活躍する人気作家の小説を、国際的にはまったく無名と言っていい38歳の映画監督グオ・ファンが実写化。加えて、主人公の父親を演じたウー・ジンの特別出演を除き、メインキャストもほとんど無名(おじいちゃんは見たことある)。


物語、予算規模、キャスト、どこを取っても挑戦的な企画だと思う。また、すでに興行面でアメリカを抜いた中国が、グローバル企業を巻き込んだ大規模な映画製作のノウハウを得ていることに驚きと羨望の眼差しを禁じ得ない。日本では4月30日にNetflixで独占配信スタート。これほどのSF超大作を配信でしか観られない事実を嘆きつつ、本国の公開から3カ月足らずで手軽に鑑賞できてしまう喜びを噛み締める。この感覚にもいつの間にか慣れた。


映画の話に戻る。物語の舞台は環境破壊、太陽の膨張により、生命が地表で暮らすのが困難になった近未来の地球。国際宇宙ステーションで働く父親と17年間離ればなれの青年リウ・チーは、母方の祖父と拾い子である血のつながらない妹ドゥオドゥオと中国・北京の地下都市で暮らしていた。この時代、人類は流転地球計画のために建設された1万基の“地球エンジン”の下方にある居住用都市に住んでいる。

 

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驚いたのは、人類が地下に住み始めた時点で世界人口が半減しているという事実。映画の冒頭では、地下都市の居住権をかけた選別があった歴史も示唆される。億千万のドラマが生まれるであろう人間選別をさらっと説明する当たり、スケールの大きいSFならではという感じがして好感(アベンジャーズがだまってない)。後半、父と子のドラマに関わってくる部分でもある。


映画には、中華思想と呼ばれる「中国が世界の文化・政治の中心であるという意識」は一切ない。そこにあるのは、「家族」「家」を重んじる儒教の思想だ。映画のクライマックス、地球が木星に接近し消滅の危機にひんしているとき、中学生のドゥオドゥオが周囲に協力を求め演説を行う。物心が付いたときから、地上に出たことがなく、太陽を見たことのない彼女は「希望」を信じていなかった。しかしドゥオドゥオは、「希望とは?」という質問に答えた学級委員長の発言を引用する。


「希望は私たちの時代にはダイヤのように貴重で、私たちが目指す唯一の家」


つまり本作は、国家を基盤とした国民の結束ではなく同じ地球を「家」とする人類の結束を重視する。もちろんSF映画史において人類が結束し地球を救うパターンは、幾度も繰り返されてきた。しかし、その中心にはいつもアメリカがいたし、キリスト教に根ざした個人主義の価値観があった。だからこそ中国、韓国、日本の人々に大きな影響を与えてきた儒教と密接に関わる非ハリウッドのブロックバスター映画が生まれたことに少し感慨を覚えた。


決して中華思想に陥ることなく、今後も同規模のSF映画がコンスタントに作られるならば、中国から「2001年宇宙の旅」「ブレードランナー」といったSF映画の金字塔と呼ばれる傑作が生まれるのもそう遠くない未来だと思う。「流転の地球」自体は、「アルマゲドン」「インデペンデンス・デイ」のノリに近いが……。

 

https://youtu.be/0TDII5IkI3Y

 

参照、参考(2019年5月3日確認)

https://www.netflix.com/title/81067760

https://www.imdb.com/title/tt7605074/?ref_=nm_flmg_dr_1

http://www.thehugoawards.org/hugo-history/2015-hugo-awards/

https://doshin.hatenablog.jp/entry/20080807/p1

http://shinshomap.info/theme/confucianism_g.html